「慶安御前試合」(隆慶一郎)

読みどころは主人公・柳生兵助の圧倒的人物像

「慶安御前試合」(隆慶一郎)
(「日本文学100年の名作第8巻」)
 新潮文庫

「鯉が泣いています」 ある日、
湖畔に蹲っていたお了が、
突然そう云ったのだ。
しかも指さしている。
何を馬鹿な、と思いながら、
細そりとした
指の美しさに惹かれて
池の中を覗きこんだ平助は、
そこに確かに
泣いている鯉を見た。…。

TVの時代劇「鬼平犯科帳」の
シナリオライターとしても有名な
隆慶一郎の時代物短篇です。
陰謀渦巻く
御前試合を描いた作品ですが、
この場面が好きで、
粗筋代わりに一節を取り出しました。

【主要登場人物】
柳生兵助
…新陰流指南役。
 尋常ならざる剣の使い手。
 兵庫助の三男。
柳生兵庫助
…新陰流道統第三代。
柳生利方
…新陰流道統第四代。兵庫助の次男。
お了
…兵助の愛する女性。
徳川家光
…江戸幕府三代将軍。
 御前試合を命じる。
柳生宗冬
…江戸柳生総帥。
 剣は兵助に比して落ちる。
義仙
…宗冬の弟。暗殺を旨とする裏柳生。
柳生友矩
…宗冬の兄。家光の寵愛を受けたが、
 柳生十兵衛によって殺害される。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
主人公兵助の圧倒的人物像

小説ですから
当然といえば当然なのですが、
柳生兵助が
圧倒的な存在感を放っています。
殺人剣の達人でありながらも
人情味溢れ、
聖人のような道徳観念を有し、
悟りを開いたような思慮を見せます。
文字どおりの真剣勝負ですから、
落命することもあり得る中で、
己と相手の実力差を見切り、
あえて相手の一太刀を受けて
皮を斬らせ(宗冬の願いを叶え、
面目を保たせるため)、
急所を突かずに小手を粉砕して
(宗冬の命を奪わない)勝利を収める。
陰謀の張り巡らされた
御前試合において、
完璧な解答を提示するのです。

本作品の味わいどころ②
歴史に裏打ちされた人物群

当然、登場人物たち(柳生一門)は
歴史上実在した人物です。
事実をもとにして、
それに色彩感溢れる脚色を施し、
極上のエンターテインメントに
昇華させています。
こうした歴史物は、
どこまでが史実でどこからが脚色か
考えたり調べたりするのも
味わい方の一つです。
例えば将軍家光が
友矩を重用したことは事実なのですが、
衆道の関係があったかどうかは
フィクションならではの設定と
考えられます。

本作品の味わいどころ③
小説だからできる、絶妙剣

裏柳生の暗躍の件は、
人情を見せる御前試合の前段階として、
兵助の剣の腕前を読み手に見せつける
最高の場面となっています。
二十四人の刺客に襲撃された
兵助・利方の戦いぶりが絶品です。
二人は背中を合わせたまま
縦横無尽に駆け回り、
敵を斬り裂いていくのです。
「恐ろしい迅さで右に左に、
 自在に走り廻る。
 利方の方は、兵助の背に
 己れの背をぴたりと密着させたまま、
 同じ迅さで、
 だがうしろ向きの形で走った。
 まるで四本の手と四本の足をもった
 人間のようだった」

これを実写映像化したら、おそらく
滑稽にしかならないと思います。
読書は違います。
読み手は無意識のうちに
不自然さや滑稽さを排除しながら、
疾風迅雷のごとく敵を斬り倒す
二人の姿を脳内に
再現することができるのです。
これこそが本(それも剣術時代物)を
読む楽しみです。
秋の夜の読書に、ぜひご賞味あれ。

〔本作品を収録した本〕
日本文学100年の名作第8巻に
収録されている一篇ですが、
作者による連作短編集
「柳生非情剣」(講談社文庫)でも
読むことができます。
こちらは柳生一門の人物たちが
一作ごとに主役を交代して登場します。

〔隆慶一郎の作品〕
「一夢庵風流記」や
「影武者徳川家康」などの長篇が
有名です。
漫画化されたのでそちらの方が
知られているかも知れません。
「一夢庵風流記」→「花の慶次」
「影武者徳川家康」

〔本書収録作品一覧〕
1984|極楽まくらおとし図 深沢七郎
1984|美しい夏 佐藤泰志
1985|半日の放浪 高井有一
1986|薄情くじら 田辺聖子
1987|慶安御前試合 隆慶一郎
1989|力道山の弟 宮本輝
1989|出口 尾辻克彦
1990|掌のなかの海 開高健
1990|ひよこの眼 山田詠美
1991|白いメリーさん 中島らも
1992| 阿川弘之
1993|夏草 大城立裕
1993|神無月 宮部みゆき
1993|ものがたり 北村薫

(2022.9.22)

bohdan_zubrytskyiによるPixabayからの画像

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